大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和33年(ネ)1306号 判決 1961年11月10日

控訴人 稲村誉史人

被控訴人 三州物産株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする」との判決を求め、被控訴代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述並に証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、「(一) 原判決が本件係争不動産に付控訴人がその所有権を譲受けた事実の立証責任があると判断したことは、誤りであつて、被控訴人において本件所有権移転登記申請に添付した委任状(乙第七号証の三)を右登記以外の目的のために交付した事実、若くは控訴人の債権の不存在或は消滅の事実を立証しなければならない。

(二) 控訴人は第一次的には、次のとおり主張する。控訴人と被控訴人との間に成立した金一三〇万円の消費貸借に基く控訴人の債権を担保する方法として抵当権の設定登記をする代りに売買予約の仮登記をなし、次で控訴人が昭和二五年三月末日頃より自ら被控訴会社の事業の経営に当ることになり、同年五月一日に同建物に付売買による所有権移転登記をしたのであつて、之亦債権担保の趣旨に基くものであり、今日に於ても被控訴人が控訴人の債権を弁済すれば、控訴人は右不動産の所有権を被控訴人に返還しなければならないし、又控訴人は何時にても右建物を処分してその代金を以て控訴人の債権弁済に充当できるものである。現行不動産登記法上譲渡担保を原因とする所有権移転の登記が認められていないので、登記原因としては売買の方式によつたものにすぎない。右譲渡担保契約の成立の時期としては(イ)昭和二四年一二月二九日の仮登記の直後に本登記に必要な委任状(乙第七号証の三)を受取つた時、或は(ロ)昭和二五年三月末頃被控訴人の事業経営を控訴人の手に移した時、若くは(ハ)同年五月一日の所有権移転登記の日と主張する。

(三) 不動産の所有権移転登記を申請するに際しては登記原因を証する書面を添付しなければならないが、之には委任状と印鑑証明をもつて足り、これらの書類にかしがないのに、登記後において登記原因が証明されないとの理由によつてその登記が抹消されるようなことがあつては、取引の安全が甚しく阻害され、不動産登記法の立法趣旨に反するものである。

(四) 尚仮定的に被控訴人との間に右所有権移転登記の日に同建物の売買契約が成立したことを主張する。又控訴人は更に念のため昭和三五年一〇月二四日被控訴人に対し先に成立した売買予約に基いて代金一一三万円の売買を成立させる旨の通知(乙第九号証)をしたところ、被控訴人の住所変更のため送達されなかつたが、本訴において被控訴人に対し右通知のとおり、予約に基く売買完結の意思表示並にその代金債権と金銭消費貸借に基く返還請求権とを対等額において相殺の意思表示をなす。

(五) 本件譲渡担保は営業の譲受によるものではないから、被控訴会社の株主総会の特別決議を必要としない」と述べ、原審において提出した乙第四号証を同号証の一、二と訂正し、同第八、九号証、検乙第一、二号証を提出し、右検乙号各証中控訴人名下の印影は控訴人の印鑑によつて押捺されたものであると述べ、当審における証人谷辰之助の証言及び控訴人本人の供述(第一、二回)を援用し、

被控訴代理人において「控訴人の右主張事実を否認する。被控訴人は本件建物を譲渡担保に供したのではなく、抵当権設定の代りに登録税節約のために売買予約を仮装しそれを原因とする所有権移転請求権保全仮登記を経由したのであつて、控訴人のため白紙委任状を冒用されたものであり、譲渡担保若くは売買の成立の事実は無い。又昭和二五年一月二二日付誓約書(乙第二号証)記載の契約が成立するためには会社機関の議決を必要とするが、かかる議決はなされていないから右契約も有効に成立したものではない」と述べ、当審における被控訴会社代表者尾崎信夫本人の供述を援用し、乙第八号証の成立を認め、同第四号証の一、二、第九号証の成立及び検乙号各証に付ての控訴人の主張はいずれも不知と述べたほか、

すべて原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。(但し原判決五枚目裏六行目に第七号証とあるのは第七号証の一乃至三の誤記と認める)。

理由

原判決主文第一項記載の各建物(以下単に本件建物と略称する)に付昭和二四年一二月二九日被控訴人より控訴人に対し売買予約に基く所有権移転請求権保全の仮登記がなされ、次で昭和二五年五月一日右建物に付同年一月四日の売買を原因とする右仮登記の本登記手続がなされたことはいずれも当事者間に争のないところである。

被控訴人は右は単に抵当権の設定を承諾したものにすぎず、登録税の節約のために売買予約を仮装して仮登記をしたところ、控訴人が白紙委任状を冒用して右本登記手続をしたものであると主張し、原審証人尾崎信夫、村田道雄(各第一、二回)の各証言、原審における被控訴会社代表者尾崎秀次郎、当審における同代表者尾崎信夫各本人の供述中には夫々右主張に符合するものがあるが、これらは成立に争のない乙第一乃至第三号証、同第五号証の一乃至五、当審における控訴人本人の供述(第一、二回)及び之により成立を認められる乙第四号証の一、二、第六号証の一、二、第七号証の一乃至三(第七号証の三の内被控訴人の前代表者尾崎秀次郎の署名及び印影の成立は当事者間に争がない)並に、原審証人朝尾皆之助(第一、二回)長谷川義夫、稲村久道、表甚太郎の各証言と比較して考察すると、たやすく信用できず、他にこの点に付被控訴人に有利な認定をするに足る証拠は無いのであつて、却つて右に掲げた各証拠を総合すると、次のとおり認定することができる。

控訴人は昭和二二、三年頃より尾崎秀次郎の経営にかかり製麺業を営む被控訴会社に金融上の援助を続け、昭和二四年一二月現在において金一〇〇万円を超える債権を有するに至つたが、被控訴人はその返済をしないばかりでなく、他の債権者との間にも次々に紛争が生じ、同年三月頃には尾崎が食糧公団から受取つて同業者数土駒次郎、表甚太郎に渡すべき金三五万円を費消していたことから刑事問題も起り、控訴人がその支払の保証もしなければならぬこととなつた。そこで同年一二月二四日附で被控訴会社代表者尾崎秀次郎名義で控訴人に対し金一一三万円の支払義務を認め、その担保として本件建物に第一番抵当権を設定する旨の約定が成立したが、登録税節約のため冒頭認定の仮登記手続がなされた。又両者間には別に昭和二五年一月二二日附で将来被控訴人が右数土駒次郎、表甚太郎に対する負債の支払を怠つたとき、或は被控訴人の事業の経営が継続困難と認められるときは、控訴人は被控訴人所有の一切の動産不動産並に事業経営に関する一切の権利を自由に処分できる旨の誓約書と題する書面も差入れられ、その頃より控訴人は甥稲村久道に経理を担当させて被控訴人の事業を運営するに至つた。ところが訴外杉原某より約三〇〇万円の架空の債権による差押があり、控訴人は右誓約書を示して執行を排除したが、被控訴会社の前途に不安を抱いた結果右特約に基き先に交付を受けていた白紙委任状により前示本登記手続をなしたものである。控訴人はこの間昭和二九年九月頃迄被控訴会社の経営に当り右数土、表その他の債権者に対する債務の弁済をしたが、その後負債過多のため一時所在不明となつたこともあり、現在も右経営中の清算はすんでいないが、控訴人の被控訴人に対する債権は尚存続中であり、従つて右本登記手続はこの債権担保の目的を以て為されものであつて、いわゆる譲渡担保と解すべきものである。

以上のとおり認定せられるのであつて、かような事実関係の下においては被控訴人の主張するように登記原因として記載されている売買の事実がないからとて、この登記を仮装無効のものと認定することはできないから、この争点に付ての、当審における(三)(四)の各主張に付ての判断を省略する。

進んで被控訴人が当審において追加した請求原因に付て考察すると、右に認定した両者間の契約は被控訴会社の営業上重要な一切の財産を控訴人に対し譲渡担保に供したばかりでなく同会社の経営の全部を控訴人に委任したものである。従つて右経営の委任の点において商法第二四五条第一項第二号に該当し、株主総会の特別決議によることを必要とすると共に、右譲渡担保契約も亦、特別の事情の認められない本件においては、之がため被控訴会社の営業の継続が全く不可能となるか、或は少くとも著しく困難となること明かであり、いずれにしても会社の存立そのものに重大な影響を及ぼすものであるから、かかる契約は営業者としての地位そのものの移転を伴わないにしても、契約の実質においては同法第一項第一号にいわゆる営業の全部又は重要な一部の譲渡と同視すべきものとして、この規定を類推し、之亦右特別決議を必要とするものと解すべきである。ところが本件については以上の契約全部に付、かかる手続を経由した事跡を認めることはできないから、結局右契約はすべて無効であると謂うのほかは無い。してみると冒頭認定の所有移転登記は登記原因なくして為されたものとして抹消を免れないのであり、被控訴人の本訴請求を認容した原判決はその理由においては不当であるが、他の理由により正当と認むべきである。

仍て民事訴訟法第三八四条第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 加納実 沢井種雄 加藤孝之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例